お歳暮・お祝い返しにお茶の通販・販売|椿大神社前の「拝啓かあさん本舗」

拝啓かあさん本舗の思い 1

1.自然のお茶の味を求める ―お茶づくりは土づくり


 

 鈴鹿の山々を仰ぐ三重県鈴鹿市山本町(椿地区)から、四日市市水沢町にかけての山麓は茶畑が一面に広がっています。

 この辺りの茶畑の歴史は大変古く、平安時代に遡るとも言われます。昔から茶の栽培が盛んだった理由は、扇状地で川が無かったため田ができなかったことや、土中に石が多いので野菜も向かなかったこと、鈴鹿山麓の土壌が樹木の栽培に向いていたことなどがあげられます。

 

 椿地区は冬には“雪国”と言われるくらい雪が降り寒く、年間の気温差が非常に大きい土地。一日の寒暖差も大きく、植物にとっては非常に厳しい環境になりますが、それだけにお茶の味や香りは良くなります。

 茶産地の中でも、山裾の椿地区のお茶は、渋みの少ないすっきりとした味わいときれいな緑の色合いが市場で高い評価を受けてきました。

 

 また、鈴鹿山麓のお茶作りは、かぶせ茶が主流です。そのほとんどは京都に出荷され「宇治茶」となります。そこでは、茶葉の色や水色の美しさがより評価されました。

「もっとおいしいお茶を作り、飲んでいただきたい」「味が評価される煎茶として勝負したい」「生葉本来の味を楽しんで欲しい」そんなお茶を目指したいのです。

 「椿のお茶はおいしい」と言われたのは、化学肥料が出る前からの時代です。おそらく堆肥などを与えていたのだと考えていますが、うちの祖父は「昔は、茶には肥料なんかやらなかった」とも言っていました。つまり昔は、それだけ椿の土地が肥えていたということです。

 化学肥料の窒素成分は、茶樹が好む窒素を費用的にも安価で与えることができます。また雨水ですぐに溶け出すので即効性もあり便利な肥料です。しかし土が持つ保肥力は少しずつ衰えていきます。私が茶畑を継いだのは昭和61年ですから、化学肥料を使っていたそれまでの30年間に、土地は少しずつ痩せていったのではないでしょうか。

 

 土が変わるのは、なかなかわかりません。が、30年前には、もっとおいしい自然なお茶の味があったのではないかと考えるようになりました。

「そんな、おいしい昔のお茶の味をもう一度飲んでみたい。」

「代々受け継いできた土地を、きちんと将来に渡していきたい。」

「人に誇れるような茶農家でありたい。」

 そんな思いに後押しされて、肥料の有機化と減肥化、さらに減農薬に取り組み、「お茶の生葉本来の味」を目指したのです。

コスト面など、少なからずリスクもありましたが、自然なお茶の味を求めるやりがいの方が大きくなりました。

 そして2年後、有機のボカシ肥料と出会ったのです。米ぬかと有機肥料を混ぜ、菌を与えて低温発酵させた肥料です。普通の有機肥料は、土中の微生物によってアミノ酸に分解されてから植物に吸収されるのですが、ボカシ肥料は菌を与えることによって分解を半分補うので、植物が栄養分を早く吸収してくれます。

 ボカシ肥料を蒔き続けて4年後、やっと畑の土が柔らかくなってきました。ミミズが増えて微生物も増える、生きた土になってきたことを実感しました。